ワクワク! クラシック音楽の泉

堅苦しいけど奥深い「クラシック音楽の世界」に新しい出会いを求めて日々活動中。名曲(迷曲)、名演(迷演)、珍曲の発見など、個人的にワクワクしたことを綴っていきたいと思います。

波乱万丈の人生、なのに・・・ ウェーバー/ピアノ・ソナタ 第1番

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ウェーバー/ピアノ・ソナタ 第1番 ハ長調
演奏:アレクサンダー・パレイ
録音:1994年1月 サンタ・ローサ・フィッシャーホール(カリフォルニア) 
 
といえば
歌劇「魔弾の射手」や「舞踏への勧誘」などの有名な作品を生み出した作曲家。
そのほかに、「オベロン」とか「オイリアンテ」という歌劇の序曲は演奏会でも取り上げられるが、その他の作品は??
 
日本ではこれら一部の作品が有名なくらいで、その他はあまりよく知られていない。
でも、ヨーロッパではもっと有名で重要な作曲家という存在。
特に彼のお膝元ドイツにおいては。
ドレスデンの国立歌劇場「ゼンパー歌劇場」の横には彼の立派な銅像が立っている。
この歌劇場の監督を務めたという功績もあるが、オペラが「イタリア・オペラ」が中心だった時代。ウェーバーが作ったドイツの民話が題材の「魔弾の射手」は大成功(初演の地はベルリン)。ドイツ・オペラの傑作としてドイツ音楽を表舞台へ引っ張り出すことになり、のちのドイツの作曲家(ワーグナーなど)に影響を与えた。
ドイツ音楽にとっては多大な功績を残したのである。
 
その他にも、例えば
初めて現在のような指揮棒を使って指揮をしたとか
当時最高のピアニストとしてヨーロッパ各地で演奏をしたとか
 
それ以外にも、もっと知っておかなければならないことがある。
 
父親のお兄さんの娘は「コンスタンツェ」という名前。
何処かで聞いたことがある名前。
あの、モーツァルトの奥様、である。
ウェーバーにとっては従姉にあたるのである。
 
また、片足が不自由であり、小児麻痺であったともいうし
エッチング用の硝酸をワインと間違え飲んでしまい、声を失ってしまった。
声を失うまではかなりの美声だったらしい。
 
ロンドンのコヴェント・ガーデン歌劇場の依頼により、英語による歌劇「オベロン」を作曲。彼は結核を患っていたが、家族を養うため、病苦を押して渡英(家族には病状を隠していた)。自ら指揮棒を振り大成功を収めた。しかしその後病状が悪化、ロンドンで客死。
なんと39歳という若さで。
その遺骨は没後18年経って(1844年)、彼の音楽的な遺志を継ぐこととなったワーグナーの力添えにより、「魔弾の射手」の主人公と同じ名前の息子マックスに見守られながらドレスデンに帰ってくる。
 
なんという波乱万丈の人生!
こんなに功績を残し、波乱に満ちた人生を送ったウェーバー
もっと知りたいと思っても日本では伝記本などが無いみたいなので、とても残念に思う。
なので、上記情報はウィキをはじめとする情報になります。すみません。
 
今年はベートーヴェンはもちろんだが、ウェーバーにも注目してみたいと思った。
2026年はウェーバー没後200周年。ぜひ盛り上がって欲しいと今から思う。
まだかなり先。。。
 
 
※全部で4つあるピアノ・ソナタのうちの1つ。聴きどころがいっぱいあって充実の内容。特に第4楽章は速弾きが必要な難曲としてピアニストに恐れられているらしい。
ピアニストとして活躍していたのもうなずける。